都心に森林浴ができるような空間をつくる、役割を終えた共同住宅を新たな「まち」として再生する、原生林のなかに小さな街を創生する。
これらのプロジェクトでも、ランドスケープデザインという考え方が活かされています。
ただランドスケープデザインの対象は広大であるため、ランドスケープアーキテクトやプロジェクトごとに、フォーカスされる事象に違いはあります。
この記事では、ランドスケープデザインの基本的な考え方、対象となる場所の自然や地域との関係性、ランドスケープ完成後の運営・企画・維持管理の3つについて解説します。
※ランドスケープアーキテクト
広範囲の環境を評価、デザイン、計画作成する空間の設計者。アメリカでは建築士などと同様に資格が必要。
目次
ランドスケープ・アーキテクチャーというフィールドが確立しているアメリカでは、建築よりも先にランドスケープを検討します。
対象となる場所の自然と人工物をお互いに引き立たせるための検討を終えてからでないと、そこにどんな建築物を建てるべきか分からないという考え方です。
日本でも、近代以降、このような考え方の影響を大きく受けるようになりました。
ランドスケープを理解する上で、その歴史を把握しておくことは重要なことです。なぜランドスケープが必要とされるのかが見えてくるはずです。
また、ランドスケープデザインの基本的な考え方を象徴する2つのキーワード、「本質」と「シークエンス」についても紹介します。
ランドスケープデザインの歴史をアメリカと日本の2つの歩みで解説します。
ランドスケープ・アーキテクチャーという概念を最初に提唱したのは、1858年ニューヨークのセントラルパークを設計したフレデリック・ロー・オルムステッドです。
1930年代後半には、ヨーロッパの近代主義建築運動の影響をうけ、近代生活に対応した「人間のための庭園」が数多くつくられるようになりました。それは戸外での新しい生活様式の発見につながり、「庭の文化」を生みだす基盤となったのです。
50~60年代には、コミュニティ開発、大学のキャンパス、企業や研究施設などへ仕事の幅を広げていきます。その後は、環境資源の調査や分析なども行われるようになり、大規模なランドスケープの組織事務所が活躍するようになりました。
この過程で、ランドスケープデザインはアメリカでの社会的地位の基盤を確立したのです。
日本でのランドスケープは、明治以降の文明開化とともに和洋折衷様式として始まりました。
和洋折衷様式は、形態的に対称と非対称、直線と曲線など正反対の空間性をもちますが、和洋どちらも人間が考え出した「自然を記号として表現する」という共通点があります。
その後、近代産業社会の成立過程で、都市の公共領域を中心に記号としての自然から身近な等身大の自然表現へと変化していきました。またアメリカのランドスケープという考え方が知られるようになっていきます。
戦後、社会基盤の再整備が急ピッチで進められましたが、標準設計によるグレーインフラが中心となります。そこにはランドスケープデザインを考慮するという、時間的・経済的余裕はありませんでした。
1981年、建設省が出した「うるおいのあるまちづくりのための基本的な考え方」により、各自治体が景観行政に本格的に取り組むようになり大きな変化が起きました。
それ以降、特にアメリカのランドスケープデザインを研究したアーキテクトたちを中心に、日本でも公共空間の公園やオープンスペースにランドスケープデザインが持ち込まれるようになったのです。
しかしまだ日本では、ランドスケープデザインが社会的理解を十分に得ているとは言えないのが現状でしょう。
成熟した社会では、単調なグレーインフラだけではなく、自然豊かなグリーンインフラが求められます。今後のさらなるランドスケープデザインの拡大が、アーキテクトたちの真価を社会全般に知らしめることになっていくと考えられます。
ランドスケープデザインは、樹木や草花、昆虫や動物、土や岩、水の流れや溜まりに至るまで、あらゆる自然の造形物をデザインの対象とします。
デザインする地域の気候や季節の移ろい、地理や地形を調査し、その本質にせまることが必要です。
また対象とする場所には、人が織りなしてきた歴史や伝統があります。そこに住み暮らしてき人々が大切してきたものの本質を見抜くことも重要です。
こうして知り得た自然や地域の本質に素直に寄り添い、違和感を伴うことなく、新しい価値や造形、心惹かれる空間を付加するのがランドスケープデザインの使命です。
シークエンスは「連続」や「筋道」を意味しますが、ランドスケープでは一つの風景をその場面だけに完結させずに、関連づけ連続させて展開させていくことを指します。
たとえば訪れた人々の歩みに合わせるように、特徴ある風景が現われては過ぎていくようなランドスケープを造形することです。
人を惹きつける風景ととともに、心地よいと感じる陽当りや風の流れがあり、時間や季節の移ろいを感じることができる場所です。
そしてその風景は全く新しいものではなく、その場所の背景となっている歴史や伝統を感覚できることも必要になります。
ランドスケープデザインによって設計された風景であるのに、訪れた人にその場所の原風景であるように記憶されるこが、ランドスケープデザインの到達点の一つであると言えるでしょう。
「その場所特有の自然や歴史の魅力を引きだし、事業者や地域の方々と共に新たな付加価値をプラスすること」これがランドスケープデザインと、対象となる場所の自然や地域との関係性になります。
魅力的なランドスケープデザインによって、対象となる場所に訪れる人は増え、賑わいが創出されて地域価値は向上します。
その目的のために、その場所の自然と寄り添い、自然の中に人の居場所をつくります。また対象となる場所が持つ歴史や伝統とコラボレーションし、新たなビジョンにつなげていくことも必要です。
そうすることで訪れた人は、その場所固有の特別な空間を心地よく探索し、唯一無二のその場所に再び訪れたいと感じるでしょう。
都市化された空間で、目まぐるしく立ち振る舞う日常を過ごしていると、人は自然の中に生きていることを忘れてしまことがあります。
しかし人はまぎれもなく自然の中に生きていて、清々しい自然に出会うと五感と全身の肌感覚に刺激を受け、気分転換できて疲れた心は癒されます。
ですからランドスケープデザインは、対象となる自然に敬意をはらいながら、そこに訪れた人の居場所をつくらなければなりません。
時間の経過とともに姿を変える生きた自然の醍醐味と同時に、その場所固有の変わらない自然の本質を感じられるような居場所をつくるのです。
ランドスケープデザインは、どんな場所にもある、それぞれの歴史や思いとコラボレーションすることも重要です。
その地域やコミュニティが大切にしてきた習慣や伝統、この場所はこうであってほしいという思いをリスペクトし、それを将来的なビジョンにつなげていくように協働しなければなりません。
そのためにはまず、対象となる場所のもつ歴史や思いを調査し、そこで暮らす人々の声に耳を傾け本質に迫ることが必要になります。
そのうえで、その場所に新たな価値を付加するような提案をしていくのです。そうすれば結果として、その場所特有の魅力に満ちたランドスケープデザインが出来上がるはずです。
アーキテクトに仕事を依頼する事業者が求めるのは、ほとんどの場合、対象となる場所の活性化です。特に商業系では、賑わいを創出し地域価値を向上させたいという切実な願いがあるでしょう。
そのためランドスケープデザインアーキテクトは、対象となる場所の自然のなかに居心地の良い居場所を、その場所特有の歴史や思いに具体的なビジョンで応えます。
そしてその場所に多くの人が集まるようになったとき、発注者や地域の人たちは心から満足し、アーキテクトは自分の仕事にさらなる誇りとやりがいを感じるようになるはずです。
ランドスケープデザインでは、完成後のランドスケープの運営・企画・維持管理に配慮した設計をすることが重要です。ここでは、その理由について解説します。
ランドスケープでは、設計段階から完成後をシミュレーションしたマスタープランを描くことが必要になります。
ランドスケープでは、時間の経過で姿を変える自然はもちろん、人や地域も変容していくものだからです。その変容する姿をできる限りシミュレーションしてプランを完成させなければなりません。
マスタープランは、自然の状態や土地の歴史、周辺地域との関連性をベースにガイドラインから作成します。それを事業者や管理者、行政と共有しながら調整と更新を繰り返します。
そして完成したマスタープランを基に細部の設計を仕上げていくのです。また施工段階では、設計者として積極的に現場に関わるだけでなく、事業者や地域の方々の声や思いを届ける努力も重要となります。
ランドスケープ完成後は、当初の設計やコンセプトが維持・向上されるべく、エリアマネジメントとも積極的に関わっていくことが求められます。
各エリアがどのように利用されているか、利用者の反応は想定通りか、あるいは思いもかけない反応をしているのかなどのリサーチです。
そして修正すべき点は修正し、予想以上に好評を得た部分はさらに向上させていくように事業者などに提案していきます。
この継続こそが、魅力的なランドスケープの維持につながります。
ランドスケープの風景を構成する自然は生きて生長するため、放置していればすぐに無残な状況になってしまいます。
植物は、建築物や土木構造物の経年劣化とは違い、長期で育成していくという視点が必要になります。費用や管理手法をどうするか、当初から十分な協議が必要になるでしょう。
また自然の風景だけでなく、ランドスケープを構成する人工物全般においても、メンテナンスやリニューアルについて、予算や時期を当初から検討しておくことも大切です。
本文中にもあるように、ランドスケープデザインは「その場所特有の自然や歴史の魅力を引きだし、事業者や地域の方々と共に新たな付加価値をプラスすること」が最も重要です。
そして完成したランドスケープは、永続的な「地域の価値向上」につながるようなものであること、それがランドスケープデザインのゴールの一つではないかと考えます。
あるランドスケープデザインアーキテクトは、「ランドスケープデザインは、それを担当するアーキテクト、プロジェクトごとに違う」と語っています。
人と自然、地域や歴史に同じものがないことを考えると、言い得て妙であると感じます。この記事がランドスケープデザインを検討する方にとって、少しでも参考になっていれば幸いです。